2013/11/07

Giving Person*


~お弁当~
・お稲荷さん
・ウインナー
・海苔・ツナ入りだし巻卵
・芋がらの煮物
・ブロッコリの茎の豚肉巻き
・白菜サラダ
・里芋の煮物






社会的動物である人間は、本能的欲求と同じように社会的報酬に快感を覚えるよう脳が出来ているらしいです。

実益が無くても、他者からの賛辞の言葉であったり、感謝の笑顔であったり、そういったものに例えがたい充足感を得る事が出来る生き物ということです。

私自身も、誰かを笑顔にしたい。笑ってほしいという気持ちから日々学んでいます。専攻の特色から、世界の、人の暗い部分を見なくてはいけません。そういった負の力に引きずり込まれないようバランスを取るのはとても難しい事なのです。なのでセルフケアを大切にということを繰り返し言われます。

私の大好きな先生は、元々看護士・チャイルドライフスペシャリストというケアを施す人、「与える人(Giving Person)」です。そんな先生は最初の旦那さんを癌で突然亡くしました。子供たち2人を残して。


お稲荷さん弁当◎
酢飯にして冷凍しておいたご飯を詰めただけ。ウインナーは前の晩に卵焼いた時に一緒に焼いておいたから、朝作ったのはお稲荷さんだけで残りは常備菜をIN◎
ボリューム満点の満足お昼。







先生の周りの人たちはすぐさま、先生を慰めたり力づけたりとあらゆる事をしてくれたそうですが、常に「与える側」であった先生は、突然「与えられる側」になり動揺したそうです。まるで皆の気遣い・思いやりの言葉が知らない言語のように聞こえたそうです。

「待って!私は平気よ!」と最初は受け入れることが出来なかったそうです。でも、ふと気づきました。与えてもらう事が必要だと。与えるだけでは癒せない悲しみや苦しみがあるのだと思い至り、周りの好意を受け取ることにしたのだそう。

私はまず、本当に強くて優しい人だと思いました。前にも書いたことがあるのですが強い=傷つかないという事ではありません。誰よりも優しいから誰よりも傷つきます。でもそこから立ち上がり、進む事を諦めないから強いんです。大切な旦那さんを亡くしてどれだけ辛かったんだろう。小さな子供2人を抱えて生きていかなくてはいけない重圧はどれほどのものだったのだろう。まだまだ未熟な私には想像もできません。

そして次に思ったのはGiving Personと自己犠牲の違いです。まだ自分中で上手くまとまってないのですが・・・。全く別物だと思いますが、実践している間によく混同してしまうのです。自分がやりたくてやっていたものがあまりの重さに途中から「誰かの為」を言い訳に使い、「してやってる」感が出てきてしまう。目的がすり替わってしまう事が起きる。




おやつに野菜盛り~。
人参・ラディッシュ・まとめ茹でしておいたビーツを入れて、メープルマスタードと練り梅を添えただけ。十分◎







それは、自分が今なぜ、これをしているのか、原点と目的を見失ってしまう時によく起こります。つまり自分自身を見失ってるのです。セルフケアは常に「自分でいるための能力」。自分でいるためには、自分はここに居ると自覚すること、誰かから認識してもらう事もセルフケアの1つなんだなと思いました。

なんとなく、自分で自分をケアするという一人作業のように受け取っていたのですが、先生の話を聞いて、甘えたり、感情を吐露させてくれる人を持つこともセルフケアなのだなと分かりました。

自分を失った行動には思いやりも、誠実も、正義もないように思えます。Giving Personも与える相手がいなくては何も始まらないのですから。人は一人では生きていけないんだなぁ。

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