2013/02/22

言葉にできない想い*















最近は課題に追われ(継続中ですが)心に余裕がなく、体にも影響してしまい様々な不調と格闘。そして今日は追い打ちをかける出来事がありました。

課外授業で先住民の子供たちが強制的に親元から引き離され入れられた、キリスト教が運営する寄宿学校の跡地へ行ってきました。
教育の為と連れてこられた子供達に待ち受けていたのは地獄。
心理的、肉体的、性的虐待が男女関係なく日常的に行われていた。お話を伺った男性は実際に学校の生徒だった。静かなゆっくりとした口調で語られた。
彼自身も打たれ、レイプされ、痛みから逃れるためお酒に頼り、何年も、35年経った今現在も苦しんでいる。健康な子供時代を奪われ、家族を奪われ、友をたくさん失った。

被害者が、被害を受けた場所で、どんな被害を受けたか語る。
どれほどの痛みか想像もつかない。

私は人1倍歴史を勉強してきた自負がある。戦争・虐殺など悲惨な歴史も平和な世に生きる人の義務だと辛くても学んできた。
例えば、戦争映画を見れば、私は泣く。悲しい。苦しい。痛い。辛い。そして嫌悪と怒りが出る。
二度とこんな悲劇を繰り返すかと。

感情がなみなみと溢れ、クリアに表現できる。
でも今回は違った。

たしかに受けたはずの衝撃と、生まれたはずの感情が説明できない。
言葉にならない。わからない。
どうしてか分からず、途方に暮れてしまった。涙すら出てこない。

子どもの為に働きたい。手を差し伸べられる人でありたい。平和をつくりたい。

それが私にとっては「当たり前」の夢で、ここまできた。
分かっていたつもりだったけど、1ミリも分かっていなかった事。

人を助けるという行為がどれほどの力を要するか。

情熱だけでも、学力だけでもできない。更に確固たる何かが必要で、今の私に欠けているもの。

「覚悟」

人の傷口に触れるなら、傷を背負う覚悟が必要。言うは易しとこの事。私は「聞く」という段階で自分を見失ってしまった。
途方もなく、深くて、真っ暗な闇。
これを日常として生きる人達に、恵まれて生きてきた私がかけられる言葉は何だろう。

男性は語られた。
「愛を。子供たちを賢く守ってください。」

まだ何もできない。そんな自分が歯がゆくて、でもこれ以上踏み込むのが怖くて、目をそむけそうになる事もあるけれど、世界中のどこかにただ一人。私を必要とする子どもがたった一人でもいるなら、やっぱり私は学ぶことを止めるわけにはいかない。

前に進むことを、諦めるわけにはいかないんです。

だから、今日もまた、一歩進む勇気を出します。

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