学ぶ苦しみII
学ぶ苦しみI
里帰り前に2回にわたって書いてきた「学ぶ苦しみ」。
1年間の留学は辛かった。大きな期待と応援の中、何一つ応えられないこと、成し遂げていないことが情けなくて、ただただ罪悪感の毎日。決して終わりのない、誰かを救うという挑戦がこんなにも辛い事で、今の私には耐えきれないと初めて気づいた。
暴走しかけた私に言ってくれた母の「帰っておいで」との言葉。
それだけを支えに夏学期を乗り越えて帰れば、憔悴した母を始めたとしたバラバラの家族。
自分の事。家族の事。学ぶ事。これからの事。
沢山の事が起こって、沢山の事を感じて、沢山の事を考えて、想った事。
私は学び続ける。
孤独と、悩む事と、学ぶ事は同義であるとこの1年で身に染みた。
苦しんで、これまで生きてきた中でも例を見ないほど泣いた1年を過ごして、直面した家族問題。なのに、私は不思議なほど落ち着いていた。髪の抜けた母を見ても、弱い父と弟を見ても、悲しみは人一倍あったけど、私をどん底へ突き落すほどではなかった。
不思議と持った「大丈夫」だという確信。
最初は母に対してだったけれど、カナダに戻って1週間が過ぎた今気付いたのは、その「大丈夫」は私自身に対しても言えるのかもしれないという事。
ふと気づいた。私と母の驚異的なシンクロ。
なら、私がものすごく元気になれば、母も元気になるんじゃ?
そっか。
私が変われば良いんだ。
楽しめば良いんだ。悩む事も、孤独も、学ぶ事も、遊ぶ事も。
忙しいけど、辛いけど、寂しいけど、でも、元気だよ。楽しいよ。って偽りなく言える自分になれば良いんだ。
そしたら母も遠慮なしに悩んで、闘って、元気になれるんだ。
そう思った。
あんなに何もかもが怖かったのに。話すことも、間違いも、全てが怖かった。
でも急に怖さが減った。カナダ人に自ら電話をかける事が出来た。実習先まで面接を受けに行けた。警察署まで書類発行の手続きに行けた。バス停で知らない人と世間話が出来た。難しい状況から何でもない状況の中で、分からない英語、聞き取れない英語は沢山あるけれど、なんだか本当に久しぶりに、自分のいる状況が「楽しい」って思えた。
あ、私、今「楽しい」って感じてるって思ったら、本当に楽しくて楽しくて仕方なくなってきた。
眠いんだけど、体も疲れてるんだけど、なんだか元気。開き直れてきた気がする。
留学前に、恩師は伝言をくれた。
「元気に行ってらっしゃい。」
無事故で、健康でって事なんだと思ってたけれど、こういう事だったのかもしれない。
きっとまたすぐ落ち込むのかもしれない。泣くのかもしれない。
でも、苦しんで悩んだ末に感じた「楽しい」は何かが一味違っていた。何かが突き抜けたようなそんな感覚があった。
私は選んだ学ぶ道は、痛みを伴う道で、思い描いてたものとは少し違ったのかもしれない。でも全てに意味があって、必ずどこかでつながっていく。常に疑心暗鬼との戦いではあるけれど、やっぱりそれが真実なんだと最後は行きつく。
これからもずっと繰り返すんだろう。今の苦しみなんか、これから待ち受けてるものに比べたら些細な事なんだろう。でもいつも一喜一憂して、それでもこのまま進むんだろう。
小さな命を救いたいという気持ちに嘘偽りはない。
でも今は、同時に怖いという感情を持っていることを認められる。認めたくなかった自分の弱さや、汚さを受け入れる事が出来た。きっとこれが1年かけてしてきたこと。たった1歩だけれど、本当に重かった。でも次の1歩はもっと重いはず。でもどの1歩が抜けても、次に踏み出せない。だから全てが大切な一歩。そうやって重くて長い道をこれからも行くのだと思う。
心の中で入り混じり、制御の効かなくなった感情を整理するために「学ぶ苦しみ」と題して書いてきました。そして家族問題が起こりましたが、予想外にも母の心を癒すため、そして原因を見定めるために役立ったのは私が1年間学んできたカウンセリングスキルや心理学の知識でした。何も学んでいないと思っていたけど、ちゃんと知識を得ていた。
「優しくなった。大人になった。」と母に言われたのが何だか可笑しかった。無駄な1年じゃなかったんだと心の底から思えました。2年目を迎えて、目に入るものに新鮮さが薄れてきたのは事実です。でも、「楽しい」というような去年は無かった感情が湧くようになりました。そういえば、当初は新鮮さを楽しむ余裕もなかったのかも。
全て自己中心の徒然とした日記でしたが、ひとまず落ち着く事が出来ました。きっとこの先も同じような悩みを繰り返し、同じように鬱々とするかと思いますが、それも全てMa Palette、私の人生というパレットに色を足していくこと。大切にしていきたいと思います。